情報過多

生活者が手に取るレシピ本の目次ってどんな構造なんだろうと思い、図書館に出かけようと思った。 図書館と言ってもいろいろで、東京では、国会図書館か、手近な図書館か、大学図書館となるのではないかと思う。 今回はレシピ本について知りたかったので、

に出かけて調査した。当初の予想では、4万冊の収蔵書がある食の文化センターが最も収穫が得られると考えていた。しかし、収穫が多かったのは本屋>区の図書館>食の文化センターであった。

これには、理由があると思う。

図書館の全ての蔵書は何らかの収集方針に適うと判断されて蔵書に加えられた。しかし、その収集方針は、予算と指向性の制限があるので、4万冊という最大ボリュームであっても目的のトピックについては百数十冊程度しか集められていなかった。 一方、区の図書館は区民のリクエストやより少ない予算での収集が行われているため、今回の目的のトピックであるレシピ本の売れ筋に近いあたりの本が数百冊あった。 また、本屋さんはそれこそ売れなければ終わりなので冊数は区の図書館と同等であったが読みたいと思わせる本が多く最も多くの収穫が得られた。レシピ本というジャンルが本屋さんでの収益のどれくらいを占めるかわからないがニーズは大きいようで店内の良い位置に一定量があったのも関係していると思う。

収集方針の話は、情報過多の今、どの分野であってもぶつかることと思う。 例えば国会図書館の収集方針は書誌を区分けして、重要度をそれぞれに設定している。 ただ、人の関心などを体系立てて区分けするのは非常に難しい。なにせ未知の情報がどんどん飛び込んでくるのだから予めそれら全てを分類するのは順番が逆っぽい。 未知の情報がなくなるまで調べあげるのは大変骨が折れるが、全体像がわからないからこそ分担も難しいと思う。昔読んだ博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話 (ハヤカワ文庫NF)という本で、オックスフォード英語辞典の集めた言葉の少なからぬ部分が一人のボランティアに支えられていたという話を思い出す。 一方、現代においてはWikipediaが最高の辞典の地位にあると個人的には思う。アレは多数のボランティアによって、各々の関心を総合的にまとめたものだ。 目次をつくるという作業は、一人の人が狂うほどのめり込んで初めて達成されるという可能性もある。私が狂人にならなければならないのか。それともボランティアが現れる仕組みをつくりあげなければならないのか。