完了させるという強いこだわりはどこからくるのか

超絶ビジネスマン伝記みたいな記事(キャリアポルノ)を見ると、

Q.「失敗しなかったのはなぜ?」 A.「成功するまであきらめないで続けた」

みたいなのがときどき出てくる。根性だ。みたいなことで、それは手に入るまでの過程が良くわからないわりには、それが何であるか別事例で見ているので分かるのでウケるのかなと思う。「ああ、それなら分かる。見たことがある。起きたことがある。私にもできるかもしれない。」みたいな。

実は実態はそうではなくて、けっこうしんどい。だからこそ、そいつは記事になってる。 そこで、次にどういうアクションを取ればいいのかなと考えた。

situation:

成功するまで諦めないようにしたい。目標はあまり明確ではない。

problem:

目標はあまり明確ではないので前進できない上、 諦めたほうが合理的な理由は多く浮かんでくるので諦めてしまう。

solution:

目標を明確にする。

目標・ゴールをとにかく忘れないでおくとよいらしい。 というか、何か自分とわだかまりがある時っていうのは達成したいゴールすら十分に明確ではなくて漠然としている。これではそれが難しくても簡単でも達成しようがない。まずはこれを定義するというとてもしんどい作業をやる必要がある。さらにそれを達成できると考え、ブレークダウンして1歩ずつ実行していくのがよいらしい。

では、目標をたてるのは?

目標を明確にするための方法論は多いが、これもまたやり切るのが難しい。 何か「不満」や「こうなっていたら良いのに。」という思いに添って立てると浮かんではくるのだが、 不満は記憶や体験であり、それに立脚するとこじれ度が増してしまいそう。復讐とか。 そういう原点は外すべきというほどではないにしても、補助輪が必要で、おそらくそれを達成することで誰かの役に立つのだ。というサポートがないと思いつめることは出来ないのではないかと思う。

それは誰のためにやるのですか?

「それは誰のためにやるのですか?」と問われて答えられる目標でなくては、おそらく信じきることは出来ないのではないか。逆にそれがあると、ない場合に比べれば雑念を減らして目標に集中することが出来そうである。